2012年08月04日

玲奈


地元の友達がまた合コンするらしいです。

今回はあんまり乗り気じゃないみたいな言い方してましたけど、絶対やる気マンマンで

気合いいれて臨みやがるはずです。ふいに冷蔵庫が倒れてきて圧死すればいいのに。


ぶっちゃけると私は上京してから新しい同年代の友達を作っておらず、机の上に

マジックで顔を描いたサッカーボールを置いて「玲奈」と名付けて話しかけることで

ずっと孤独を紛らわせてきたんですけど、合コンだの恋人できただの結婚しただの

聞いているうちに涙がはらはらとこぼれてきました。


玲奈は生きてはいないのだ。彼女は…いや彼女ですらない、「コレ」は私の幼なじみでも

ドMの専属メイドでもなかった、見ての通りサッカーボールだったのだ。ドMという設定は

もともとサッカーボールは蹴られるものだからという点から作ったのだった。

私もMだからそこんところはあんまり噛み合わないなとか思い悩む必要もなかったのだ。


透き通るような白い肌と流れる黒髪と思っていたのは、サッカーボールの白と黒だったのだ。

彼女の※※※と思っていたのは、サッカーボールの、なんか空気を入れるための穴?

だったのだ。


時折みせる、無邪気に飛び跳ねる姿は私がボールを投げたから弾んだだけだったのだ。

いくら打たれてもヘコたれない芯の強さは、ゴムでできているからだったのだ。

彼女が作ってくれた温かい野菜スープは、単純に私が自分で作っていたのだ。


ツンの状態と思っていたのは顔を描いてる面を向こう側にして置いてただけで、

デレの状態と思っていたのは顔を描いてる面をこっち側にして置いてただけだったのだ。

ようするに私のさじ加減ひとつの話で、あれはツンデレではなかったのだ。


なにもかも私の思いこみだった。しかし、それに何の問題があろうか?

例え人間の恋人であっても、その人の心の内をのぞけない限り、結局は同じように

恋人はこういう人間だ、自分を愛してくれているのだと思いこみ信じるしかないのだ。

人はどこどこまでも自分という牢獄のなか独りぼっちで、隣の牢獄の見えない誰かと

頼りない暗号でコミュニケーションをとり、壁の向こうにはこういう人間がいて自分と

心では繋がっていると思いこむしかないのだ。

ならば玲奈がサッカーボールだったとて何の問題がありどんな違いがあろうか?

いやまぁ結構問題あるし全然違うよねやっぱ くっそー合コンいいなーうらやましー

麦茶を飲もうとしたときに冷蔵庫がたおれてきて圧死しろちくしょー



posted by みやこかしわ at 22:26| Comment(23) | TrackBack(0) | 日記